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2007年01月

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Barbaroに心より哀悼の意を

昨年のケンタッキーダービーに無敗で臨み6馬身半差のぶっちぎりで快勝した競走馬Barbaro号(牡4歳)が、亡くなった。

Barbaro競争中の写真

二冠目を目指して挑んだプリークネスS発走直後の骨折。通常なら即予後不良と判断される程の重傷であったが、ペンシルヴァニア大New Bolton Centerにおいて可能な限りの治療が施されていた。米メディアでは彼の容態が逐一報道され、全米から激励のメッセージやお見舞いの品々が届き、Barbaro基金が設立されると多額の寄付が寄せられた。

度重なる手術に耐え蹄葉炎とも闘ってきたBarbaroは、一時はICUから戸外へ出て青草を食むまでに回復。しかし1月10日過ぎ頃より容態が悪化した様だ。四肢全てが感染症に侵され、安楽死の処置が取られた。1月29日午前10時30分(現地時間)だったそうだ。一時は、あのテンポイントの時と比べたら馬の臨床医学は凄い進歩だ!と感嘆させられる程の様子だったのに、残念だ。

約8ヶ月に及ぶ闘病生活について、主治医Dr. Dean Richardsonが「Barbaro had many, many good days.」と語っておられたのには救われた思いだった。生涯戦績は7戦中1着6、競争中止1。なお、2006年度Eclipse Awardsでは関係者が以下の通り受賞している。

  • 最優秀騎手:Edgar Prado
  • NTRA Moment of the Year:Barbaro's Recovery
  • Special Eclipse Award:Team Barbaro

NTRAで公開されているビデオ「Barbaro remembered」

同じく「Barbaro memorial」

参考記事:Barbaro euthanized after lengthy battle

陽だまりにて

爆睡中。

愛犬爆睡中の写真

気持ち良さそうに寝とるなあ…。

運命に噛みついた馬

レイ・ポーリック著「運命に噛みついた馬 サンデーサイレンス物語」読了。

「サンデーサイレンス=日本競馬界を席巻したリーディングサイアーでディープインパクトのお父さん」という程度の知識しか無かったので、そのドラマチックな生涯に驚かされた。体質が弱く馬体も貧弱、関節にも欠点がみられた為仔馬の頃は周囲から疎まれていたサンデーサイレンスが後に米国でG1レースを6勝、引退後日本へ輸出され大種牡馬となったというのだから、わからないものだ。この手の実話には滅法弱い私である。

醜いアヒルの子。誰も欲しがらなかった馬。抜群に優秀な競走馬。真のファイター。それらをすべてひっくるめて一つにしたのが、サンデーサイレンスという馬だった。(中略)本当にこの馬は運命に選ばれた一頭だったのかもしれない。

「The Blood-Horse」編集長レイ・ポーリックによるプロローグより引用

競走馬サンデーサイレンス号の写真

生涯戦績は14戦中1着9、2着5、着外無し。1989年度Eclipse Awards受賞(年度代表馬)。1996年、名誉の殿堂(National Museum of Racing and Hall of Fame)入り

数々の名馬を世に送り出したサンデーサイレンスだったが、この本が日本で出版された直後の2002年5月、右前脚に細菌性腱鞘炎を発症。3度の手術と懸命な治療が施されたが左前脚に蹄葉炎を併発、8月19日、衰弱性心不全の為16年の生涯を終えた。社台ファーム裏手の高台にある墓地にサンデーは眠る。産駒は2003年生まれがラストクロップとなったが、その血統が大切に受け継がれていく事を切に願う。

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